オレは3年前に大病?を患った。
人生のターニングポイントだった。
どんなに大きなものを積み上げてみても、死ぬのは一瞬で何も残らない。そう考えると、全てはどうでもよいことに感じられた。
自分の心の声を聴くことにした。空気ばかり読まないで(同調圧力に屈することなく)離れて眺めてみることにした。
他の人にどう思われるかは大切なことではなく、快と感じるものを引き寄せ、不快と感じるものは捨てることにした。
荷物が少なくなると、生きるのが楽になってきた。
ゲーム機のたとえ話をする
綺麗なグラフィック、素晴らしい音、流れる動画などを求めると、マシンパワーが必要になる。自然と重装備になる。
ただ、ファミコンの貧弱なゲームが一番熱中したのは何なのか。ゲームの本質はマシンパワーにはよらない。
ゲームボーイの白黒でもいいんじゃないだろうか。
ソフトウェアが重くなると、マシンパワーを必要とする。ソフトウェアとは人間で言うと思考に当たると思う。余計な肩書き余計な荷物余計な世間体。全て捨てるとマシンパワー(経済その他諸々)はそんなに必要ない。荷物が少なく人生が軽やかになる。
純粋に心の声を聴く。
「快か不快か」