Deracine shimaken!2

主に(ほとんど)食べ物の記録です。クッキングとかです。iphoneで書いています。

ファッションの終焉?


f:id:shimaken9801:20180620033906j:image
写真は、自宅向かいのマリーナに泊まっているクルーザー。マリーナはまるで基地のように金網で張りめぐされ、部外者は立ち入り禁止である。無断侵入すると法律で罰せられる。

 

今日は、

「ファッションの終焉」について述べさせていただきたい。

自分が言っているファッション、というのは「自分を飾ること」という意味で捉えていただいて結構である。

 

そのことをお話しする前に、オレの母がたのおじさんのことについて話させて欲しい。

 

オレのおじさんは、沖縄県国頭郡本部町伊豆味という沖縄の山奥の中で生まれた。長男として生まれたが、そのあとに生まれた兄弟は7名。8名兄弟の長男として生まれた。なんと祖母は14歳で出産したそうである。(昔はみんなそうだったのだ。元服は13歳である)

おじさんは利発であり、優秀だったようである。祖父祖母はみかん農家だった。おじさんは、祖母の親戚を頼って嘉手納の洋菓子店に弟子入りした。

そして、いつかは自分の店を持つことを夢見て奉公した。その当時、どういう経緯だか自分は知らんが、ハワイからココナツを使ったお菓子というアイデアを取り入れたらしい。そこで「サンナッツ」という菓子を生み出した。

これが、ヒット。自らの店を、嘉手納のお店に迷惑をかけないように対岸の具志川で開業した。これが時代の流れに乗り大ヒット。のちのちには、総合スーパー、ラブホテル事業、バブル時代にはゴルフ場経営にまで乗り出した。

乗っている車はベンツの560SEL。ロールスロイスまで所有した。口癖は「借金は財産だ」。自らのプランに基づき資金を借り入れ事業を興す。事業が成功するようひたすら努力する。一生懸命働く。生き様がつまった叔父さんなりの金言だとも思う。

下の兄弟は、みんな長男にぶら下がった。祖父もスーパーで働いた。ただ、祖母はぶら下がらず自分で雑貨店(マチャーグヮー)を営んでいた。

オレの母親の家系は根っからの商売人気質であった。

オレの母親も、オレが中学2年まではマチャーグワーを経営し、オレもその店番に従事した。

オレがお金に敏感なのは、育ってきた経緯による。

 

自分が本当に述べたいのはここからだ。

おじさんは、長男に事業の主導権を譲った頃に脳梗塞を患い仕事から完全に引退した。歴任してきた社会的ポストを引退し、自宅療養の生活を送るようになった。

そのころに、おじさんの内的変化があったのかも知れない。

ベンツとかの高級車を処分し、軽トラを買ってきた。今は畑にニワトリ小屋を立て、ニワトリに餌をやり、畑で野菜を育てているのである。マイカーは軽トラである。

 

おじさんのなかで、何かがあったのだろうか。

 

もしかすると、実業界で生き残っていくためには、バカにされないためにベンツとかロールスロイスとかが必要だったのかも知れない。それはしかたがない。

けど、おじさんが本当にやりたかったことは「軽トラに乗ってニワトリの面倒を看る」ことだったのかも知れない。

これには、深く考えさせられる。

 

自分がやっていることの中に「人にバカにされたくない」という気持ちがないだろうか。そのために、自分を取り繕い虚勢を張っている自分があるのではないか。そのために払っているコストは膨大なのではないか。

オレが考えている本質は「人にはバカにされていろ」である。まず人をバカにする人は、大概がバカなので、無視するに限る。

 

自分を着飾れば着飾るほど、本当の幸せから遠ざかっていく感じがするのだ。ファッションというのはその最たるものである。オレの捉え方ではファッションというのは服装だけに限った話ではなく「自分を着飾ること(よく見せること)」である。

それは、幸せに向かう道と反対の道、わかりやすく言うと「不幸になる道」ではないかと思うのだ。

 

ちゃんと、反対の意見を組み入れておく。世の中には「人は見た目が9割」とかの本が書店に並んでおり、心理学的に第一印象が重要なのであって、その入り口としてファッションは重要、という意見もある。それは、動物的な「勘」を重視する意見なのであろう。

 

ただ、オレにもこだわりのファッションがあった。20年間ロン毛で、職場ではエプロンを着用していたのだ。周りからはキモがられていたが、「まわりによく思われたい」からではなく「自分がやりたいことであって、自己満足である」ことは承知していた。自分もファッションを否定できる立場にはないのかも知れない。

 

うーん、わからんくなってきた。

「やりたい人はやればいいし、やりたくない人はやらなくていい」

つまり、どうでもよい。

ということか。

何か、「書きたい!」と思って書いた文章だったけど、よくよく考えてみたら「どうでもよい」部類のことだった。m(__)m

 

おわり