今日は2連休だけど、たまたま土日だったのよね。
土日は、沖縄のどこも車で混むため、早々と自宅に帰ってきた。
それで、新しい居住地となった与那原の散歩となりました。
近所の公園。中でグランドゴルフをしている人々がいたが、入り口にこんな看板がありました。入るわけには行かないよね。方向を変え散歩を続けます
俺が住んでいる与那原町の東浜(あがりはま)というところは、全て埋め立て地です。
まだまだ、空き地が広がっています。なにか、計算をした上で開発をしていくのでしょう。おかげさまで、新しいアパートの近くは空き地だらけで、人を呼んでも駐車スペースで困ることがありません。
こんな感じで、埋め立て地ともともとの土地の間には
運河のようなものがあります。つれるかどうかは別として、釣りとかもできそう。
自分は、中国製の安いハーモニカを弾けるようになりたいなぁ、という変な欲望があり、練習するならここがいいなぁ、と思っていた。
こういう、交差点をラウンドアバウトというらしね。信号がないけど、理論的に、信号いらずで全ての車をこなすことができる。見て理解できるかな?(バカにしている訳じゃないよ)
ところで、こういうところをロータリーという。
ロータリークラブとかあるね。
ロータリーとノータリンって似てるね。(ノータリンというのは沖縄の方言なのだろうか)
これ、沖縄県立知念高校。
オレが、中学生の当時、一番行きたかった高校だ。友達もみんなここに行くので、オレも行きたかったのだ。ところがオレの父親は猛反対。オレが子供の当時、親父の支配権は絶対であった。逆らう余地は一切なく、不満を申し上げたこともない。
結局オレは自分の希望かなわず親父の望む高校に進学したのであった。なかば強制であった。オレがでた高校(私立高校)を合格したことがわかると、より上のクラスの県立高校を無理矢理受験させられた。落ちてよかったが。
結果はどうであれ、子供の意見をいっさい聞かなかった父親の行動は、父親の今後に大きく影響することだろう。
自分の思いを子供に託すとしたら、その当時の子供の理解を得るために努力し、同意が得られないならば強制を避けた方がいいとは思うね。
老後のために。
これ、深い考察だと思うよ。支配欲が強い人は必ず恨みを買う。自分が弱くなったときに、必ずしっぺ返しが来ることだろう。自分が力が強いときにも、弱者の意見をよく汲み上げて、決して力で支配しないことが、今後の自分の境遇を決めると、わたくしは思いますね。
最後まで、強者ならいいですけど。
必ず、人間は老いて死にますからね( ´▽`)
ただ、オレがいろいろ各地で様々な経験をしたり本を読んだりしたりからわかるのであって、一般的な親も二十代。
両親も試行錯誤。
そんな、人間的な成熟を求めるのもコクである。
つくづく、早く生まれるものではない(オレの母は20歳しか違わない)オレからしたら二十歳はコドモである。仕方がないのだ。
与那原散歩1
おわり