Deracine shimaken!2

主に(ほとんど)食べ物の記録です。クッキングとかです。iphoneで書いています。

不二の精神

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鹿児島銀行の宣伝が琉球新報に乗っている

県内は地銀三行による寡占が続いているが、オレは「県民の利益になるならば」どんどん沖縄にやってきて、商売してほしいと思っている人だ。

第一交通産業がよい例

沖縄の「労働者」に還元してほしい

 

オレの彼女は介護福祉士だが、おばあさんをお風呂に入れていると、沖縄の人を見下す発言があったという。(おばあさんは長い間京都に住んでいたそうだ)それで、彼女は不快だったというのだ。

まあ、京都というのが差別が横行している場所なのは有名なので、オレが反感を持つこともないが、沖縄の人は薩摩の琉球侵攻(1609年)以来の長い間「日本人にバカにされている」と思っている。だから基本的に「日本人を警戒する」

この感覚が本土の人には通じにくいのだ。

本土から帰ってきて、標準語が抜けなくなったオレも

職場の人に信用してもらうのに長い時間がかかった。沖縄出身のオレでさえこうである。

差別されているという感覚は、している側にはなかなかわかりにくいところもあるのだと思う。

たとえば、オレは男性で女性を差別しているつもりは全くないが、女性の側からすると女性が差別されている状態が続いており、是正されるべきだとラジオなどで(jam the world)放送されている。

差別される側の論理というものを学んでみたいとも思う。

 

オレはかつて自民党にいた野中広務さんという人を尊敬している人だが、野中さんの本「差別と日本人」という本を読んでみたい。

野中さんや小渕さん、立場を変えて筑紫さんなどは、日本人なのに、沖縄の立場に理解を示し、本当に良くしていただいた。たしかに日本の人にも差別的な人もある(オレも本土にいるときに露骨な沖縄差別を受けた)、悲しさと悔しさがあった。だからこそ、オレは「人を差別したくない。人をバカにしたくない」

けど、オレはその何千倍以上に日本の人に親切にしてもらった。差別する人はごく僅かだ。実際に行って住んで苦楽をともにすればわかる。みんな行ったことがないから日本人がコワいだけなのだ。同じ人間なのだ。

野中さんや小渕さんのような人もいる。沖縄出身のオレに親切にして向き合ってくれた人達がいる。悩みを抱えつつも沖縄は立派に成長した。オレも素晴らしいものをたくさん頂いた。むしろ、たくさん迷惑をかけたのに、許してくれた。倒れたときにオレの命を救ってくださったのも日本の人なのだ。つまり、オレは純粋に日本人のおかげで生きている。そうでなければ死んでいた。

少なくとも、オレは日本人に親切にする。恩返しのつもりで。

そして、オレは「日本人」である。

オレも言いたくないが、たかが場所で人を判断するのはやめにしたいよ。くだらん。

 

ただ、これは仏教で答えを言っている

 

比較で得られる幸せというものは、不幸のもとでしかない

「分けない」ということ。これを不二(ふじ)という。

 

同じ「人間」として捉えていきたい。

 

おわり