今日は休みで、エンジョイしています。
お念仏をするようになって、「もの申したいこと」が減りそうな予感がするので、むしろ、「オレはこう思う」みたいなものを発信してもいいのかな?(これまでは「抑えよう」とか思っていた)
参考動画
今日はこの動画について考察する。
見ていただけるとわかるけど、会員番号の唄である。オレがこれから述べようとしていることは、「美人記号論」である。一通り、この動画を見ていただきたい。みんな、若くてきれいな時期の女の子であるのは共通していると思う。つまり、条件はほぼ同じと思われる。今のようにプチ整形すらしておらず、髪の毛すら染めていない。オレが見ている感じでは、現代の女性は「加工」されているが、本当は中身は昔と変わっていないであろうと思っている。オレは、テレビすら持っておらず、人の顔をまじまじと見ることもあまりない(ましてや、友達と誰が可愛い論をしたこともない)ため、オレが率直に思ったことを書く。
オレは、あえて自分の意見を述べるが、全員を見ていて、本当に美人と思われるのは、高井麻巳子しかいない(高井麻巳子は秋元康の奥さんになった)
残念ながら、皆様にも異論はないのではないか、と思われる。
これは、オレの推論だが、人間には「美人、とか、イケメン」に「見える」ある一定の黄金比率があると思われる。その黄金比率は、本能なのか、社会的に育てられていくのかはわからないが、おそらく、「ある。」と思われる。例えば、眼の大きさとか、口の大きさとか、その間の距離とか、輪郭とか、ある法則があるのではないか。と推察される。
多分、おしゃれとかにほとんど興味のないおれでさえ、感づくのだから、多分、美容整形のお医者さんとかの間では、すでに公式化されていると思われる。
おそらく、服装によるおしゃれも、体型維持も、お化粧も、美容整形も「ある一定の黄金パターン」に近づけるための、懸命な努力であろう、と思われる。どうりで、最近のアイドルさんは、みんな同じ顔をしていて誰が誰だかわからないわけだね。
オレは、おニャン子のことはよく覚えてるよ。みんな、個性があったからね。それ、素晴らしいことじゃない?
ただ、この人々が好感を持つ一定の黄金比率というものも、社会的な要素も含まれると思われる(例えば、南太平洋の諸国では、太っている女性の方が圧倒的にモテるし、みんなそうなりたがる。と聞いたことがある)。つまり、そんなもののために一生懸命になるのは、合理的な理由があるなら(好きでやっているなら)もちろん、かまわないんだけれど、「無理して(苦しんで)」やるほどのことじゃなさそうだよ。
一番言いたいのは、そんな美容偏差値みたいのはクソみたいなものだから、あなたはあなたのままが素晴らしいんじゃないでしょうか。ということです。
今日のうた
この歌、おもしろい。人の良さは、もちろんお顔だけではないよね。
比べたりして、悲しくならなくてもいいよん。
みんな、笑ったら可愛いよね。
じゃ、笑えるように努力したほうが効率がいいかも😁
おわり