こんなブログだが、毎日誰かに読んでもらっているようです。
どうも、ありがとうございます。
書いている人には「アクセス数」というものが表示されていて、どれだけ読まれているかはわかるわけです。どこの誰が読んでいるかとかはわかりません(そりゃそうだ)
で、これがアクセスの多い日と、少ない日に分かれるんだけれども、
アクセスが多いのは、オレが本音?というか、考えたことを素直に書いた日である。これ、面白い。逆に、アクセスが少ない日はギャグとかを書いた日である(あはは)
自分には、よくわからないが、別に読んでいる読者の皆様は、このブログに「面白いこと」などを求めているわけでもないのがわかる。が、ひらめいたギャグを書くのは好きなので、やめません。
考えたことを書いた内容も、実は良いことをかいてあるよりも、文句とかを書いてあったほうがアクセスが多いようだ。むむむ。たしかに。読者は別に良いこととかを、求めていないこともわかる(というか、オレは極重悪人だしな)
極重悪人唯称仏というからね。
まあ、このブログにはたまに、「~は~である」とか断定が書いてあったりするけど、考えてみると自分ごときに断定など出来ない。すべて文章の最後の方に
(私はこう思います)
が、省略されていると言える。
実は1+1が2なのかもわからない。
オレにはそれすら断定できないのだ。
自分が考えるに、ものが一つあることを示す文字として「1」を発明され、ものが二つあることを示す文字として「2」が発明され、くわえることを「+」という文字で表そう。と昔の人が考えたから、1+1が2と書いてあるだけなのかも知れない。だから、ものが二つあることを示す文字が仮に「喝」だったら、1+1は喝だったかも知れない。
要はそういうルールというものがあって、それを覚えている人がアタマが良くて、覚えてない人がお馬鹿さんというのも、考えてみればおかしな話だとも思う。で、その色々なルールを勝手に考えて自分のルールとして決めてしまった人が、ときたま精神病院に入院していたりするが、これも真剣に考えてみればおかしな話だとも思う。少なくとも、他者に迷惑を欠けたり実害を与えたりしなければ、それは自由なのではないか?とも思う(本人は苦労するだろうが)
最近、ちょっと悩むことがあったが、そもそもが人と比べたりしてもしょうがない、という結論になった。オレはオレにしかなれないしね。「人より優れなくてよい、人とは違った人になれ」ということわざもあるので、こちらの方にすがることにしよう。
人に迷惑を掛けない限りは、自分のルールで生きてみようとも思う。そのほうが楽だし。
おわり