今日も仕事
オレはお年寄りのお世話をすることを生業としており、どちらかというと「面倒を見ている」という感じで受け取っているので、未来志向とも言える。自分の未来を体現してくれている人々と過ごしているわけである。未来が明るいかどうかは別として。確実に病み、衰弱して、死ぬのはたくさん見てきたからイヤでもわかる。
自分に子供がいれば、自分の子供のときのことを思い出し、自然に親に感謝するようになると思うのだが、オレには子供はできなかったのだ。過ぎたことは後悔しても、まったくムダなので、これからどうするか考えたほうがよい。
どちらかというと、これまでずっと「自分が人の面倒を見てきた」という奢り高ぶりが心の中にあるから、親への感謝も薄いのだ。おそらく親の何倍も人の面倒を見てきたと思っているのだ。わかってはいるが、親の愛は「オレただ一人」に向けられたものだったのだ。それが違うのだ。
自分の子供を育ててみないと、その大変さも喜びもわからないのだろうと思う。子供がいるのが当たり前とは思わないが、貴重な経験の一つを失ったのだ。
残念だがオレには仕事しかない。
仕事は「楽しんでやる。」ことが大切なのだろうと思う。今日もお年寄りと遊ぶのだ。一緒になって。
おわり