このブログはたまに、こういうことを取り上げることもあるね。
自分は、やまゆり園事件のときにも関心を持ってみていて、この方の発言もまた、そのように取り上げられているところもあると思うね。オレは大西つねきさんの過去の発言で、感動したこともあるので(素晴らしい人だと思うので)、うまくこの困難を乗り切って欲しい。
オレははっきり言って自民党の支持者なんだけれども、自民党にも麻生さんのように平然と問題発言をする人もいる(これもまた、麻生さんが総理のときに渋谷の街頭演説を見に行って感動したことがある)ので、大西さんも山本さんとともに、この困難を乗り切って欲しいと思う。言っていることは間違っているとは思わない(オレの考えは違うとは思うが)。嘘を言っていない。現実を述べたのだ。
むしろ、誰もが感じていることから逃げずに考え、勇気を持って発言したことはいい意味でも、悪い意味でもスゴイ。もっと、国民に「全体を見て、現場を見て、タブー視しないで、命について真剣に考える」機会になってほしい(が、現実はれいわ新選組の敵対勢力の攻撃材料にされるだけだろう)
敵とか味方とか、簡単な二元思考に陥らず、全体で考えてほしい問題である。
他の人はどうするべきか?とかは他の人の権利なので、オレの感知するところではないが、オレ自身は「他人のためにぜひゆずりたい」と思っている。(ただし、その瞬間に、どう言うかは、わからない)
オレの免許証には、「すべての延命は拒否」と書いてある。
(ただ、書いてあるからと言って見るかどうかはわからないし、救急の先生がどう判断するかは法的にはっきりしていないと思われる)
オレは、定期的に地元の代議士の先生にメールを送る癖があり(オレの学校の先輩でもあるのだ)、最近は以下のように書いた。
1.尊厳死の法制化
2.生前に本人の意志を確認し、それを医療従事者が確認できる体制
3.(これは上記とは関係ない)
本人の死後に財産は国庫に(つまり相続を認めない)
4.そのかわり教育、福祉、介護などは国が責任を持つ
上の2つはわかるとして、下の2つはほとんど社会主義であり、自民党にお願いするような内容ではなかったかな?😁
上の2つは真剣に議論してほしい。それを実現するためにマイナンバーカードも賛成だ。本人がいつでも携帯していて、医療機関にもカードリーダーがあって、すぐに確認できるようになると、現場の医療従事者の負担も減ると思う。
本人の意志を確認するのに、その時の本人意識状態や認知症など、本人すらあやふやなことも多いので、ある意味で有効だと思う(ただ、カードには「延命拒否」と書いてあっても、その場での本人の心変わりなどによって食い違いが発生する事態も想定されると思うが。その時はあくまでその時の本人の意思を尊重すれば良いと思う)それも含めて、納得がいくまで議論すれば良い。
上記のことを真面目に考えてみたが、オレはそれもいろいろ考えてみた上で、
「阿弥陀様の言うとおりにすれば」
オレの中では問題はない。(家族がどういうかは知らないが)
オレが思うのは、現代社会は、病とか死とかをできるだけ隔離する方向で構築されていると思うので、本当のことを言えば、いろいろな人が病や死を「身近な問題」として考えてほしいという希望はある。
いちばん、楽なのは「命の問題をタブーにして、いっさい触らない」ことだろうとは思う。トカゲの尻尾を切っても、トカゲの病気は治らない。また生えてくるだけだ。
民主主義なので、多数派の意見が通ることは明らかである。今の日本の現状が、若者の負担の上に成り立っているのは事実。それは自然なことだろうと思う。しかも、子供の数は減り続け、常に高齢者のほうが数の多い社会が継続するのは確実である。オレの頭の中では日本は今後衰退し続け、本来の国力に見合った弱小国家になると思うし、「それはそれでありがたい」という思考の持ち主である。オレの思考回路では別にオレが死んでもありがたいことになっている。
君はどうなのか?に答えることが求められているかな?
オレの中では答えは出ている。
助けるときは「自分の近くから助ける」、年寄か若者かは関係ない。オレの愛する彼女や家族もその例外ではない。というのがオレのとるべき道だ。やっても助からないからやらない。というのは、命の選別になる。目の前に100歳のおばあちゃんと5歳の子供がいたとしたら、「近い方から助ける」。100歳のおばあちゃんと、愛する彼女がいたら、「近い方から助ける」
ということである。命の選別をしないからである。
「命の選別をしない」ということは、そういうことである。
オレは、何も考えずに、自分の心を遮断して、それを遂行するだけである。
この問題を「ま~た、政治家が問題発言しているな!」と考えずに、「私ならどうするか?」と自分の問題として置き換えて、考えると良いと思う。そして、「それを淡々と実行したら良いと思う」
もし、「私にはできない」と思った人がいるとしたら、
「あなたは命の選別をする人である」
大西さんは、それでは子どもたちは困る。と思ったのだろう。
少なくとも、オレと大西さん、どちらのほうが人間的で日本の国の将来のことを考える人かは明白である。
おわり